たけもと農場は、代々米づくりを頑張る農家です。米作日本一の技術を生かし、おいしいお米を作る土にこだわりを持っています。

お米直接販売のたけもと農場へようこそ!

たけもと農場の歴史

農家「徳右衛門」から農家 竹本家へ

霊峰白山を望む加賀百万石の地


たけもと農場は、
先祖代々、この九谷の里の地にて米づくりをしてきました。

記録がないので、創業はかなり古いとしか言いようがない農家です。

記録が残っているのは、江戸末期以降。
現代からさかのぼること6代までは、記録が残っており、
その代で地区内では有数の篤農家となっていた
と記されているので、
たけもと農場の創業はさらに古いと言えそうです。

当時は農家に苗字はなかったので、
代々「徳右衛門(とくえもん)」を襲名(って書くと、格調高そう・・・)して、
お米をつくってきました。



米作日本一となった竹本平一

たけもと農場の農業原点は、「土づくり」にあります。

この考えを、先代  竹本平一より続け、
おいしいお米作りに励んでおります。

竹本平一が農業を始めた当時は、
当農場の田んぼは町内最低レベルの収量からのスタートでした。
田んぼの土の栄養が極端になく、
「土がやせ細っている」状態だったのです。

そのため、当時はとれたお米を供出しなければ
ならない制度だったのですが、
割り当てられた量を確保できない上に、
翌年の6月には自家で食べるお米も底をつく、
といったありさまでした。



そこから、一念発起!
たけもと農場の土づくりの歴史は始まります。


まず、
近所の酪農家などから厩肥をいただき、田んぼに施用
山の赤土を客土
生わらを施用
などにより、地力の増進を図りました。

また、田んぼ一筆一筆について作業記録を取り、
その田その田にあった栽培方法を研究するようになりました。

さらに、
深く耕す
水管理の徹底
によって、お米作りにさらに磨きをかけ、

昭和34年には県一位の収量を誇るようになりました。



さらに、
昭和40年に朝日農業賞・米作日本一賞を受賞



翌41年には
農林水産祭 天皇杯を受賞しました



その技術と、米作りにかける情熱研究心を、
次代の竹本敏晴(現代表)が受け継いでいます。




竹本敏晴が竹本農場を継承し、
そして有限会社たけもと農場へ法人化しました


現農場長の竹本敏晴は、土づくりの大切さを継承し、
堆肥の施用
有機肥料の施用
により、地力の向上を目指しています。

また、おいしいお米作りをめざし、
有機栽培や、特別栽培にも取り組み、
お米の食味を向上させるように心がけています。
さらにおいしく、を目指し、日々研究しております。

平成5年には、農業生産法人として
有限会社たけもと農場を設立しました。